ドキュメント

パプアニューギニア宣教体験ツアー日誌1998、永井敏夫

日誌から

7月13日(月)

関連写真 世田谷区の福田主事宅に宿泊した6人は朝4時起床後、小田急線で新宿へ。新宿発6時のリムジンバスに乗り、7時半前に成田に到着。空港で、北海道聖書学院からの6名、茨城からの1名と合流し、初めて13人が顔を合わせる。朝食後、出国手続きをして搭乗。10時少し前に離陸。

マニラ到着は午後1時過ぎ。乗り継ぎのため、約10時間程の待ち時間。参加者の証しを聞いたり、賛美の時を持つ。英語賛美を聞いて声をかけてきた男性は、ラエ工科大学の教授でクリスチャンの方。絵はがきを書いたり、綾取りの練習をしたりして時を過ごし、午後10時近くに出発ロビーへ。仮眠をとる者、マッサージを受ける者とさまざま。渡辺智恵先生(札幌)のマッサージはまさにプロ級。11時過ぎに飛行機に乗り込む。

7月14日(火)

午前6時過ぎにポートモレスビーに到着。3月に新装なったこの国唯一の国際空港に、吉川啓子師と翻訳協力者の青年コーネが出迎えてくれていた。記念撮影の後、早速ゲストハウスに行きシャワーを浴びて一休み。この休息がとても好評だった。両替や村での必要な物品を購入し、2時過ぎにクワレ村に向かって出発。

1時間ばかり海岸沿いの舗装道路を行くと、舗装の全くない山道に入る。急勾配で起伏が50センチもあろうかという道を2台の4WD車が昇っていくこと約1時間半で、ようやく川に出る。荷物をトラックから降ろし、小さな手こぎボートで何度も往復してくれた村の若者達。村の入り口で賛美と踊りによる出迎え。主にあって同じ兄弟姉妹という思いに、心が熱くなる。水がきれいな川での水浴に歓声。夜は受けた恵みの分かち合いと祈り。

7月15日(水)

吉川師に連れられて、クワレ村を一回り。覚え立てのウワレ語で挨拶をすると、誰もが喜んで答えてくれる。大きな豚の出迎えを受けたり、椰子の木に登ったりと一同とけ込みつつある。3年生以上の通学する小学校を見学し、校長先生方の説明を受ける。日差しがとても強く、暑い。午後と夜の2回、水浴と洗濯。梶姉(春日部)の指導で、何度も飛び込みを練習したのは誰?

7月16日(木)

グループに分かれての奉仕。おいしいおやつと食事を用意してくれた女性達。竹下お母さん(豊橋)が台所に立つとやはり頼もしい。イラストに腕を振るった広瀬姉(茨城)と杉本兄(HBI)。そして男性は主に家の土台をコンクリートで補強する作業。石や砂は村の若者たちが運んできてくれた。セメントと砂利等を混ぜ、あり合わせの板で作った基礎に次々と流し込む。水野さんのこまめに作業をしている姿にも頭が下がる。日本から来た誰もが皆初めての経験の中、てきぱきと指示をしてくれたのは竹下お父さん(豊橋)。塩のふいたシャツを着て飲んだ水は最高の味。子供達も、残飯を入れるための穴を一生懸命に掘ってくれた。疲れたが、さわやかな一日。

7月17日(金)

朝10時頃までコンクリート打ちをした後、グループに分かれ村人達と出かける。畑に行きバナナを植えたりタロ芋を収穫したり、川下りをしつつ魚やエビを捕って食べたり。今日も暑く、大分日に焼ける。

7月18日(土)

朝の無線で北西部海岸地帯で津波の被害のニュースが入り、祈る。午前午後とイラストやセメント工事の奉仕が続く。強い日差しで体力消耗も早く、飲む水も全て汗になって出ていってしまう感じ。土止めのための基礎工事もなんとか終了しそうだ。

夕方、分宿先のガベ村にみんなで行く。伝統的な衣装に身を包み、賛美と踊りでの歓迎。牧師先生や長老の方々は、ネクタイ姿。夜、満天の星の下に広がる踊りの輪。祈りで始まり、祈りで終了した歓迎会。

7月19日(日)

主を礼拝するための日。教会堂の外にある鐘が集会の開始を告げ、牧師と長老が共に祈った後、中に入ってくる。今日は、司会、ギター、証し、説教、通訳等の奉仕が私達に依頼されており、浴衣姿の渡辺師(札幌)の司会で礼拝が始まる。説教は杉本兄(HBI)が「種まきのたとえ」からのメッセージ。礼拝後、牧師先生に私達からUnited Churchへの献金。

昼食後、川へ行き村の若者、子供達と泳ぐ。水が豊富で澄んでいる。午後3時半の鐘で聖書研究会。「弟子達はどんな理由から主に従い始めたか?」を各グループで考える。

夕食後、ドラマ、賛美、踊り等さまざまな出し物。三村兄(HBI)のKundu(手に持ち片手で敲く太鼓)を使ってのダンスに村人達から歓声。今日も牧師先生宅に宿泊。

7月20日(月)

ガベ村滞在の私達がクワレ村に戻ってすぐ、9時から小学校低学年児童に授業。月岡姉(山形)の剣玉実演の他、折り紙、紙飛行機飛ばし、鬼ごっこ等をする。圧巻は、奇異な服装に身を包んだ竹下兄(豊橋)の電気実験。子供達ばかりか若者達にも興味深い授業だったようだ。

夕方、焼石で食べ物を蒸す料理(Mumu)の準備を見学。夜はお待ちかねの送別会。恒例の賛美と踊り、そして1世紀前の宣教師の来訪をおもしろく再現したスキットなど多彩なプログラムを、村人達も私達以上に楽しんでいる。鈴木兄、立花兄(HBI)コンビのユニークな踊りも一同を盛り上げてくれた。小学校にアルコールランプ等の理科実験用具を寄贈。

7月21日(火)

別れの朝。来た時と同じように、ボートに荷物と乗り込んで対岸に渡る。いつまでも手を振る村人達、そして急坂を昇っていく車の後を走ってくる子供達との別れ。村でお互いに共有できた時間そして思い出を、トラックの荷台で揺れながら振り返る。2時間半ポートモレスビーに到着。

夜、吉川師の証しを聞く。主を求め、主に出会ってから今に至るまでのひとつひとつの場面に、神様が共にいて働いておられることをお聞きし、一同感謝の祈り。

7月22日(水)

空港で吉川師、コーネ青年とお別れ。8人がまずセスナ機の第1便に乗り込む。9:30に出発し、1時間半程でセンターに到着。標高1500メートルのウカルンパは肌寒く、午後は霧雨に。昼食後、ハイスクール、郵便局、ストア等を見学する。第2便の5人は夕方になっても到着せず。天候不順のために、マダン(北東海岸の都市)に急遽着陸したとの連絡が夜に入る。

7月23日(木)

終日霧雨で肌寒いウカルンパ。福永師からお借りしたセーター類を着込み、ハイスクールの日本語クラスへ。富岡師の日本語初級クラスに出席し、賛美、桃太郎の紙芝居 、剣玉、折り紙等を紹介。保久姉(HBI)らが、勇気を出して折り紙の説明をし、生徒に関わっている姿に励まされる。その後、自動車整備工場、印刷工場、診療所等を見学し、午後4時より日本人メンバーとの交わり会。久米、富岡、野沢、橋本の各師、福永師夫妻が集まってくださる。

マダンの渡辺師より電話連絡が入る。5人共元気だが、終日空港で待機していた模様。

7月24日(金)

9:30過ぎ、ようやくマダンの5人が到着し出迎える。7人は隣り町へ買い物。昼食を13人全員で食べるのが3日ぶりで、お互いの経験の分かち合いで忙しい。州の祝日のためセンターの活動も無し。

この国で亡くなったメンバーと家族の墓地を見てから、TeenCenterへ行きハンバーガーを注文。大変な混雑で待つこと1時間半でようやく順番が回ってきた。食べた後は、もう満腹。

7月25日(土)

一同やや疲れ気味で、頭痛や腹痛の症状の者もいる。マダンにいた5人を中心に隣り町カイナントウに出かける。キリスト教書店での買い物が人気。帰りに小高い丘の上に立つ教会に立ち寄り、青年達との記念撮影と祈りの時を持つ。この教会出身のニモさんは現在新潟の大学に留学中。

さて昼食は、橋本師宅を開放しての日本人食事会でいただく。途中1:00過ぎに、村にいる大鍔師夫妻と無線で話す。午後アーテイストのマイケルさん宅を訪問し、作品を少し見せてもらう。

7月26日(日)

8:30よりピジン語礼拝に出席。ドラムやタンバリンに交じって、鈴木兄(HBI)がベースギターを担当。私達は、"Yes Mi Hamamas"と言う振り付けのある賛美を会衆の前で発表。10:45より英語礼拝。賛美、メッセージの英語に圧倒されていた一行。

午後、リックさんの家を訪問。日本からの5人とマダンに飛びそこで2日間一緒にいたパイロット。夕拝の後、ストアの責任者のチャックさんの家に招かれる。竹下お母さん(豊橋)の妹さんがチャックさんの義理の妹さんの友人とのこと。彼の証しを聞き、ストアでの奉仕を主のためにしている姿に一同励ましを受け、主に感謝の祈り。

7月27日(月)

ウカルンパを離れる日は、濃霧と雨でアイユラ方面(飛行機の発着場)が良く見えない。そのため7:00出発予定の第1便の離陸 が9:30になる。13人が3つのセスナ機に分乗したが、第3便の3人がポートモレスビーに着いたのが国際線出発の30分前。間に合わなかったらケアンズ経由の切符を購入することまで考えていただけに、大感謝。3:00発のフライトで、夕刻にマニラに到着する。三村兄(HBI)の耳痛がひどくなり、主治医の先生に電話をしアドバイスを得る。ホテルのクリニックで購入した抗生物質の薬を服用し、少し落ち着く。今日は旅の最後の夜。一同輪になり祈ってから休む。

 

7月28日(火)

帰国日の朝は6:00のモーニングコールで起床。出国手続きに大分時間がかかったが、ようやくチェックイン。三村兄は、3席を用意してもらい横になって休むことができた。午後2:00過ぎに成田に到着。念のため検疫に立ち寄り、耳鼻科医師の問診を受ける。

2週間ぶりの日本。人々の動きが速く感じられる。出迎えの方々と一緒に感謝の祈りをしてから解散。