フィールドレポート

はじめに

ここにはメンバーたちの証しを掲載しています。

レポート一覧

感謝の証し、宮崎成美、2002.3.5

神様に守られて過ごせたこの一年間を、心より感謝いたします。現地での生活も約2年がたち、公用語の学びもあと数カ月、いろいろな生活のストレスにも少し対処できるかな...

自己を振り返る時、永井敏夫・悦子、2002.3.5

パプアニューギニアで四年、日本に戻って四年が経過しました。一期の奉仕を四年ずつで区切ると、2002年から第三期となります...

かえって福音が前進する、松村隆、2002.3.5

ウィクリフの翻訳者ジョン・ミラーさんが、ベトナム戦争の時、捕虜になり、後に解放されてインタビューを受けたとき、こう聞かれたそうです。「ミラーさん、捕虜になってこわくなかったですか。」「いいえ、主が導いてくださっているところが一番安全なのです。」と答えたそうです...

私の旅、石川英子、2002.3.5

国から国へと移動して、奉仕をする歩みが続いています。台湾、タイ、マレーシア、各ウィクリフで必要は異なります。スーツケース一つで、定住地を持たず、どの場所にも適応が求められる旅です...

ストレス対策、石川學、2002.3.5

避けられないストレスに対してできるかぎり適切な対応ができるようにしたい、というのが私の大きな課題です。自分で計画してそれを実行するというのが私に合った奉仕スタイルなのですが...

行く先を知らずに、畝高浩子、2002.3.5

ウィクリフの働きをこのように多くの方々に知って頂く機会を感謝します。「行く先を知らずに」出て行ったアブラハムの心持ちで送り出されたのが、1997年1月19日。PNGのワシラオ村で奉仕された橋本一雄宣教師の、告別式の翌日でした...

20年間の感謝、山見りつ子、2002.3.5

主の御名を賛美いたします。フィリッピンに1981年に派遣され、満二十年になりました。皆様のお祈りと御支援にささえられここまで来ることができ、とても感謝しています...

識字教育−ペルーケチェア、林和子、1999.5

私の住むペルーは日本から飛行機で約一日、地球の反対側に位置し、時間も気候も日本の逆の国です。この国はチャビン、ワリといった古代文明に続き、15世紀にアンデス山脈全長3万キロに渡って勢力を伸ばしたインカ帝国の中心となった歴史を持っています...

識字教育−パプア・ニューギニア ワシラオ村、久米のぞみ、1999.3

私は、1994年2月に第一期の奉仕に向けてパプア・ニューギニアへ旅立ちました。マダンにて15週間のパシフィック・オリエンテーーション・コースに参加しました。ニューギニアの歴史、文化、公用語であるピジン語、また医者のいない所での生活が始まるため、熱帯病について学びました...

パプアニューギニア訪問、廣橋嘉信、1991.11

9月16〜20日、吉川啓子宣教師と中村孝・矢枝子宝教師、勇人君を訪問しました。ポートモレスピー空港に吉川啓子宣教師と地区担当主事のステイープ氏が出迎えてくださり、その夜、彼に吉川・中村ご夫妻3人の働きの現況を尋ね、応答を受けました。翌日、セスナ機で中村宣教師の活動しているビニグニ村に飛びました...

ローナ、永井康子、1991.7

パブア・ニューギニアヘ転任になってから、今年の9月で2年になります。現在はSILの本部があるウカルンバを基点に、幅広くコンサルタントの仕事をしていますが、最初の1年間は、ミルン湾地方のマイワラ村とラーベ村で現地語の小学準備校を開設するために、教師の養成と教材作成の指導にあたりました...

カルカル島体験記、高田正博、1987.1

「私の家族でカルカン島というところに行きました。そして、いっぱい寝ました。いっぱいお友達ができました。夜になるとお父さん達が村の人と聖書を読みます。おうちには電気はありません。でもランプはあります。村の人がバナナやパイナップルをいっぱいくれました」これは長女(7才)が訓練中の小さな村での生活体験を日本のおじいちゃんに書こうとした手紙の一文です...

イラルトウの人々と共に、松村隆、1985.3

1984年9月7日、私たちは最後の訓練であるジャングルキャンプを終え、このイリアンジャヤに帰ってきました。数日後インドネシア支部の総主事ディック・ヒューグノー師に呼ばれました。その時はじめて、私たちがウィクリフの1000番目の翻訳チ一ムに認定されたことがわかったのです...

日本人、タロいも、聖書翻訳、橋本一雄、1985.1

「もしもかめよ かめさんよ‥‥‥」の歌をワシラオ村の一老人マゲさんから聞いたのは、ほば一年前でした。この村で働く可能性を探りに約5週間住んだその時でした...

みことばの戸が開くと、虎川清子、1984.9

「主人がすっかり変ってしまいました。あんなに私をパカにしていたのに、今はもう毎日でも聖書研究をしたいと言っています。」ダガミはうれし涙を浮かべてポーチのベンチにすわると、一気に報告してくれました...

宣教師になって恵まれたこと、福田愛子

高校、大学とよく宣教祈祷会に出て、宣教師の為に祈っていた私は、宣教師とは、本当に自分を神様に献げきり、潔められた、神様に近い完全な人のように思っていました...

私もチームの一員、石川英子

現在私は娘道子(6歳、出産直後の酸欠で脳性マヒとなる。それも病名がわかったのは生後9ヶ月、すでに私たちはウィクリフに受け入れられていた)の機能回復訓練のため、具体的に主人の働きの助けをして、ウィクリフのために奉仕できない状態にいます...

ブッシュオーバーナイト、橋本千代子

ジャングルキャンプ。この言葉を聞いたのは数年前でした。ウィクリフの働きにつく為には必要で、そして誰もが受けなければならないもの、とても大変な訓練という印象を持ちました...