メンバーになるまで

はじめに

ここにはメンバーになるまでに関するドキュメントが収められています。

一覧

奉仕の場、石川学

「聖書が訳されていない言語がまだある」これでもう十分だった。高校時代から海外宣教に関心を与えられていたが、大学生活も後半にはいった頃、ふとした機会で手にしたガリ版刷の「聖書翻訳」誌で、そのことを知ったのだ。その時の衝撃は大きく、心が高なるようだった...

神の導きとライフワーク、大鍔秀樹

中2の時英語が好きになり、以来外国語に対する興味の薄れない私である。そのせいか眼が知らず知らずのうちに世界に向けられていた。大学で英国人クリスチャンの教授のもとに、英語音声学を受講し、聖書翻訳と音声学の関連を知った...

ここに私が、大鍔正枝

海外宣教という働きの分野を初めて知ったのは、聖書学院に入ってからである。興味があったので海外宣教祈祷会のメンバーになってとりなす中で、いろいろ日本人宣教師の事情を教えられていった。ただし私はいつも海外宣教はそのための特別の賜物をもっている人のすることで、国内宣教にたずさわる人とは初めから別だという理解をしていた...

みことばによって、虎川清子

この御言葉によって、自殺を考えていた者が、新しい生命に生きるように変えられた。学ぶ目的・生きる目的を失った一学生に、キャンパス・クルセードの学内集会は、キリストによる価値ある人生の存在を明確に教えてくれた...

アブラハムのように、永井康子

1972年、私はオーストラリアヘ旅行した時に、オーストラリア原住民について知りました。日本に帰ってから彼らへの重荷が増し祈っている時、宣教師としての召命をはっきりと受けました。その時の私には教師としてどんな宣教の働きができるのか、皆目わかりませんでした...

マルクス経済学から、橋本一雄

卒業後、献身者として歩むことを決めていた大学4年の終り頃、母教会の牧帥から一枚のパンフレットを手渡されました。それはウィクリフ聖書翻訳協会の”二千のことばが待っている”でした。無文字の社会に住みつつ訳している人々が現に存在していることをこのパンフレットを通して知った時、大いなる響きを心の中に覚えました...

翻訳宣教師への道、福田崇

主が、今にいたるまで導いて下さり、聖書翻訳宣教師として用いていて下さることを感謝しつつ、主の恵みを証しします。キリスト者になる前ですが、小学校4年生の時に、せっせとお小遣いをためて、初めて自分のお金で買った本が、漢和辞典でした...

わたしが示す地、福永貴恵

1975年、大学2年の時でした。鳥羽先生が教会を訪問され、自分の言語に訳された聖書をもたない多くの部族がいること、その大半は文字がないこと、聖書翻訳が必要であることを話して下さいました。以来私は聖書翻訳の働きに関心をもつようになったのです...